20代前半の頃の話です。梅田の宝くじ売り場に携帯を置き忘れたんですね。家に帰ってからそれに気づいて公衆電話からかけたら、知らないおじさんが出たので、すんませんすぐ引き取りに行きます! と言ってその宝くじ売り場まで会いに行ったんですね。
ありがとうございます!
と言って返してもらおうと手を差し出したら、おじさんは携帯を返してくれないんですね。お礼になんかあるやろ? みたいなことをおっしゃる。うわー、これやばいやつや、と思って、マジですんません返してください、みたいな感じでしばらく問答してたんですが、いよいよ怖くなって一緒に近くのATMに行くことになったんです。
こんなしょうもないことでもやっぱり怖くなるんですね。しまいには自分が悪いことしてるみたいになってきてしまって。あろうことかおじさんも「いくとこいってもええんやで?(ドヤ)」って言いだして。ん? と思いながらも自分もザワザワしてしまって「い、いや、それはちょっと!」ってなって。
それでATMに行くんですが、いざお金おろそうとしたら、自分でも笑っちゃうんですが残高がすっからかんで。おじさんに、すんませんないですと言ったら、友だちおるやろ? と。
いや、これをどう説明しろと? というかどうやって連絡するんですか? となり、おじさんに、じゃあ友だちに電話するんで一瞬携帯借りてもいいですか? ってそれ自分の携帯なんやけどなんで借りなあかんのやろ? とか思いながら、おじさんも渡してくるんですね。もう二人とも馬鹿です。渡すんかい、と。
そこで閃いたんです。あ、このまま帰ろうって。馬鹿みたいですけれど。もう内心はめちゃくちゃドキドキしてて手とかも震えてるんですね。おじさんの圧がすごくて。それで電話帳見るフリとかして、いよいよ電話するフリもして、下手な演技で「もしもし」って言った瞬間、今や! って全速力で走り去りました。
あの梅田の阪急の吹き抜けがまだクラシックなときの話です。今と変わらずあそこは人通りがめちゃくちゃ多かったんですが、そこを小学校以来の全速力で駆け抜けました。忍者ばりのステップで人をかわして爆走しました。なんでぼく自分の携帯持って逃げてんねやろ? って泣きそうになりながら。
泣きそうというかもう泣いてたと思うんですが、そのときもう23とかそんなんでしたけど、まじでなんでこんなことになったんやって思いながら、したらおじさんが遠くの後ろのほうで叫んでるのが聞こえたんですね。そのおじさん、よりによってなんて言ったと思います?
こら!待てこのドロボー!
ってわめいてるんです、背後でめちゃくちゃに。これはやばい、あの人まじでやばい。ほんまに逃げてるみたいやんこれ、違う違う、泥棒ちゃう、自分の携帯やから! って全速やから涙とか飛んでるんですね。のわりに景色はスローモーションなんですよ。みんなこっち振り向くし。
やばいあの人狂ってる、どっちか言うたらあんたや! ってスローモーションのあの阪急の吹き抜けですよ。自分的にはみんなミュージカルばりに踊り出す勢いでドラマチックなんですよ。「なんでお前が言う〜♪」ザッ!(ぴったり揃ったステップ)みたいな感じですよ。
それで途中、曽根崎警察で捕まるんちゃうかと謎の罪悪感に苛まれながらもチャリで十三の家まで帰りました。淀川も全速力で渡ったんですね。で、マンションの部屋入って、なんやったんや一体!って振り返る間もなくビーン!って着信鳴ってドキー! ってなり、えっ、なんやろ、なんかいやな予感するって恐る恐るでてみたんです。会社にいる上司からでした。
お前なにしたん?
って言うんですねその上司が。いやものの15分前とかの話ですよ。話広まるの早すぎへんか? ツイッターなんて影も形もない頃ですよ。もう炎上したんかと。自分の携帯奪い去って捕まるんか自分はと。終わるんかな? と5秒くらいの間に意味不明な発想が頭の中をぐるぐる駆け巡りました。そしたら上司がこう言うんです。
なんかオレの家にへんなおっさんから電話かかってきた言うて奥さんから連絡があってな。おっさんわめいてるんやけどなに言うてるかぜっぜんわからんから奥さんが知るかボケ! 言うて切ったんやて。
奥さんやばい! めっちゃやばい!笑 ってなり、どうやらおじさんはぼくが引き取りに行くまでのあいだ、たまたま目に入った電話番号を控えていたみたいで。しかも持ち主であるところのぼくの名前もわかったみたいで。もうやることがアホなんかかしこなんかわかりません。幸か不幸か会社の上司の、しかも家電に。いや、やっぱり不幸ですこれは。どうせなら友だちに電話してほしかった、おじさん!
その日は仕事休みだったんですが、上司に頼んで、これ会社のみんなには黙っといてくださいね恥ずかしいから、って。それで翌朝出社したらもうみんなニヤニヤしてるんですよ。瞬間悟りましたね。早い、言うんが早い。っていうかもう昨日の段階で言うてたんちゃうかってくらいバラすんが早い。
しかもその上司には、お前これ貸しな、ってめっちゃ厚かましいこと言われて。ていうか実際は奥さんやん? やばい奥さんが瞬殺してくれたからやんか。と思いながらもやっぱり頭あがらなくて。それからしばらくは仕事でええように使われたのが、
もうよっぽどこの人のほうが面倒くさいやん! ぼく結局たかられてるやん!
っていう、人間怖いなって話でした。長い。
あのたかろうとしたおじさんどうしてるかな。阪急の吹き抜け変わっちゃったな。妙に明るくなって雰囲気あんまりないけど、そこ通るたびに聞こえてくるんよな、ドロボー!って。人生でドロボーって言われたのあれが最後やな。ちゃうのに。なんか必死に生きてたな。
いまから20年前です。何があっても生きていくんです。これから20年先のことなんか考えたりしないかもだけど、生きてたらなんからええことあるかもしれません。今でも全然辛いけどちょっとは見える世界が広がったと思います。それはやっぱり生きやすい。どん詰まりや、って思っても生きてたら道はまだある気がしてます。
おしまい
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あとがき
失われてしまった魂の弔いを、未来の見えない若さにすこしでも救いを。これからもつづく、そして終わるのことのない苦しみに。わたしたちの尊い時間に。これは、行き詰まってしまっているかもしれない若者に捧ぐ、祈りのようなむかし話です。それでもわたしたちは生きていく。
※この文章は以下のツイートをまとめ、加筆修正したものです。
20代前半の頃の話ですが、梅田の宝くじ売り場に携帯を置き忘れたんですね。家に帰ってからそれに気づいて公衆電話からかけたら、知らないおじさんが出たので、すんませんすぐ引き取りに行きます! と言って会いに行ったんですね。ありがとうございます! と言って返してもらおうと手を差し出したら、
— 濱田英明 (@HamadaHideaki) January 24, 2020